On the Journey紀行特集

奈良、お酒のはじまりを訪ねて

「知れば知るほど、 『奈良には面白い酒がいっぱい あるやん』となります」

05.倉本酒造

倉本酒造の倉本隆司さん

大和高原の一角、山々と田畑に囲まれた奈良市都祁吐山(つげはやま)町にある倉本酒造。蔵元杜氏の倉本隆司(くらもと たかし)さんと従業員の2人で酒づくりに取り組む小さな酒蔵だ。倉本さんは東京農業大学卒業後、乳業メーカー勤務を経て、廃業寸前だった実家の酒蔵を引き継いで約10年。代々の銘柄を守りながら、新たに立ち上げた「KURAMOTO」では、既成概念にとらわれない自由な酒づくりを追究している。その酒は、いま日本酒愛好家から熱い視線を浴びている。150年以上の時を刻み年季の入った木造の蔵で、酒づくりへの取り組み方、根底にある考え方を伺った。

倉本酒造 蔵元杜氏
倉本隆司 さん

1981年、奈良市都祁生まれ。2004年、東京農業大学応用生物科学部醸造科学科卒業後、森永乳業株式会社に入社。茨城県内の工場に勤務し、食品衛生や製造設備について学ぶ。日本酒づくりへの想いを捨て切れず、2015年に退職して実家の倉本酒造へ。酒類総合研究所での講習と研究生を経て酒づくりを始める。2019年に「KURAMOTO」シリーズを立ち上げ、既成概念にとらわれない酒づくりに取り組んでいる。


倉本酒造の位置を示す地図

古代の氷室があった高原の町

倉本酒造の位置を示す地図

奈良市街から車を走らせると、いつしか寺社の町から、田畑と山の土地へと景色が変わっていく。目的地は都祁吐山(つげはやま)。住所表示は奈良市だが、天理市、宇陀市と隣接し、最寄り駅は近鉄大阪線「榛原(はいばら)」駅。駅から蔵へ向かうにも車が必要だ。

山間の里、都祁吐山。蔵の前には棚田が広がる

大和高原の一角、標高約500メートルの山里に倉本酒造はある。1871(明治4)年創業。150年以上続く小さな酒蔵が、いま意欲的に新しい酒を生み出している。そもそも、都祁とはどのような土地なのだろう。

倉本

「ここは田舎ですけれど、古くから人が暮らし、遺跡も残る土地です。また、交通の要所でもありました。いまは名古屋と大阪を結ぶ名阪国道が走っていて、吉野や宇陀など、奈良の南の方へ行く拠点にもなっています。標高が高く、昔は氷室(ひむろ)で氷をつくって、奈良時代には天皇に献上していたそうです」

都祁と氷の関わりは、古代の記録にも残されている。『日本書紀』の仁徳天皇紀には、都祁(つげ)で氷室を見つけた額田大中彦皇子(ぬかたの おおなかつひこ の みこ)*1が、蓄えられていた氷を天皇に献上したという伝承が記されている。氷室とは、冬につくった氷を地中の穴に収め、草などで覆って夏まで保存する、いわば古代の冷蔵庫だ。

*1 額田大中彦皇子:記紀に伝えられる古墳時代の皇族(王族)。応神天皇の皇子と伝えられる。

平城京の長屋王邸跡からは、「都祁氷室(つげのひむろ)」と記された奈良時代初期の木簡も出土している。木簡には氷室の規模や氷の厚さ、氷を覆う草、扉に用いる金具などが記録されていた。長屋王家が都祁に氷室を持ち、冬に蓄えた氷を夏から秋にかけて平城京へ運ばせていたことが分かる。

天理市福住町に鎮座する「氷室神社」
倉本酒造から約9km、天理市福住町に鎮座する氷の神を祀る「氷室神社」

この土地の歴史にちなんで倉本酒造では菩提酛純米酒「つげのひむろ」を製造・販売している。

倉本

「長屋王邸跡から出てきた木簡に『都祁氷室』と書かれているんです。この近くには氷室跡も残り、氷室神社もある。それで名前をいただきました。父が菩提酛研究会で活動していたときに菩提酛づくり*2の酒としてつくり始めた酒です。

私の代になってからは、菩提酛の個性を出しながら、初めての人にも飲みやすい酒にしようと考えてきました。乳酸菌由来のふわっとした香りを生かし、甘過ぎず、辛過ぎず、軽く飲める。ただ、酸味はしっかり意識して、『菩提酛ってこんな酒なんだ』と新鮮に感じてもらえる酒にしています

甘い酒も辛い酒もあって、その中でいうとうちは真ん中ぐらい。いろいろな菩提酛の選択肢の1つとして楽しんでもらえたらと思っています」

*2 菩提酛づくり:室町時代中期に奈良の菩提山正暦寺(ぼだいせん しょうりゃくじ)で確立されたと伝わる日本最古の清酒づくり技術。生米を2日間ほど仕込み水に浸けて乳酸菌を繁殖させた「そやし水」を酒母の仕込み水に使うことで雑菌の増殖を抑える。搾り、火入れなど、当時の先端の清酒技術も取り入れられ、正暦寺は日本清酒発祥の地とも言われる。一度途絶えたが、1998年1月、正暦寺と奈良の酒蔵有志、奈良県工業センター(現・奈良県産業振興総合センター)による「奈良県菩提酛による清酒製造研究会(菩提酛研究会)」が協力して復活させ、現在も毎年1月に正暦寺の敷地内で菩提酛をつくっている。参加蔵はこの菩提酛を持ち帰り、蔵ごとに個性を出した日本酒を醸している。

倉本酒造で醸す酒のラインナップ
右から2番目が「純米酒 菩提酛つげのひむろ

村の酒蔵から、桶売り、そして廃業寸前へ

倉本酒造の創業からおよそ150年。隆司さんは7代目の蔵元である。倉本酒造は古くは酒蔵と酒屋を兼ねた村の商店だった。

倉本

「『金嶽(きんがく)』という銘柄の酒をつくり、近所の家へ配達していました。村の中だけで商売をしていた、ほんまに地元の酒です。地酒って何かと聞かれたら、こういう酒のことを言うんじゃないかと思います」

日本酒の消費が伸びていた時代には、大手酒造会社などに原酒を販売する「桶売り」も行った。売り上げの3分の1が桶売り、3分の1が「金嶽」、残りがビールやジュースなど酒販店としての売り上げという時期もあったという。

しかし、日本酒の消費量が減少に転じると、製造規模も縮小していった。かつては杜氏と蔵人を招いていたが、2000年頃には杜氏だけとなり、その杜氏も来なくなった。その後の十数年は、父母と、仕込みの時期だけ近所の人に手伝ってもらう規模になっていたという。隆司さんは、いずれ蔵を継ぐつもりで東京農業大学の醸造科学科に進んだものの、卒業の頃の蔵の経営状況は厳しかった。思案の末、実家には戻らず、森永乳業への就職の道を選んだ。

倉本酒造の酒蔵の外観ク

「めっちゃうまい」酒が背中を押した

倉本

「日本酒づくりを諦めたわけではないんです。でも、家に戻れる状況ではなかった。実家でできないのに、ほかの蔵や酒販店で働くのも、もどかしいと思って。それなら同じ食品など、少し関係のあるくらいの業界がいいかなと。入れてもらえるなら乳業メーカーも面白いかなという感じでした」

配属先は茨城県内の工場だった。製造の現場で日々学ぶことも多く、仕事にやりがいを感じていた。それでも、家に戻り酒づくりをしたいという気持ちは持ち続けていた。ただその算段がつかなかった。蔵を継ぐという決断をするうえで、大きなきっかけとなる出来事があった。それはある日本酒との出合いだった。

倉本

「東京・狛江に『籠屋 秋元商店』という地酒専門店があり、社長の秋元さんは東京農大の1年上の先輩です。秋元さんに私が酒蔵の息子だと言ったことはなかったのですが、社会人になってから、日本酒の会を開くけれど席が1つ空いているから来いよと声をかけてくれました。

私はもともと酒に強くなく、それまで酒の会などに行ったこともありませんでした。その酒の会で飲んだ酒がめちゃくちゃ美味しかった。いただいたのは福島・会津若松の『寫樂(しゃらく)』(宮泉銘醸)というお酒で。こんなうまい酒が世の中にもっとあったらいいなと思いました。

そこからです。やっぱり自分も日本酒づくりをしようと思ったのは。とはいえ、いま自分が『寫樂』のようなフルーティーな酒をつくっているわけではないですけど。蔵を継ぐ一番のきっかけは、あのときの『めっちゃうまいな』でした」

倉本酒造の蔵主、倉本隆司さん

倉本酒造は父が引退したら廃業という状況。「それなら自分が帰って、仮に失敗して潰しても、結果としては一緒かなと」(倉本さん)と腹をくくり、決断をくだす。2015年、12年間働いた会社を退社して、都祁吐山に戻ることになった。「実際に戻ってから、この業界が思っていた以上に厳しいことを思い知りましたけど」(倉本さん)。

2人で醸す小さな蔵

現在、酒づくりの中心を担うのは倉本さんと、親戚でもある従業員の2人。瓶詰めなどを父母に手伝ってもらうこともあるが、基本的には2人で切り盛りする。乳業メーカーで身につけた食品衛生の考え方や設備に関する知識は、現在の酒づくりにも生きている。

倉本酒造の主力商品「倉本」など
右、漢字の「倉本」の2本。赤文字が都祁の酒米と裏山の山水を使った「純米酒 倉本 ツゲノワール」、青文字が自家田の酒米と裏山の山水を使った「純米酒 倉本 クランジ

倉本

「前の会社は、食品衛生に対する意識が本当に厳しかった。そこは一番影響を受けたところです。ただ、食品工場は微生物をゼロに近づける考え方で、酒蔵というのは微生物を生かしながらつくる。全く同じではありません。生かすにしても、必要な微生物と不要な微生物を、環境を整えることで選別しなければいけない」

近代的で大規模な食品工場と、年季の入った小ぢんまりとした木造の酒蔵。一見対照的な2つの現場で得た経験が、倉本さんの酒づくりの土台になっている。

蔵に戻った倉本さんは、代々の「金嶽」や「倉本」、「つげのひむろ」を守りながら、自分がつくりたい酒を形にするため、2019年にローマ字表記の「KURAMOTO」を立ち上げた。「KURAMOTO」には、文字を縦に配した「BITライン」と、横に配した「スタンダードライン」の2つのブランドがある。

倉本

「BITラインは、日本酒の進化に挑戦するためのブランドです。少し変わったニュアンスで、いろいろな酒質を試す。そこで、これぞというものができたら、スタンダードラインとして出したり、さらに進化させたりしています」

BITとはコンピューターで使われる2進数の単位。精米歩合を64%に設定した商品では、数字の64を0と1の組み合わせで視覚化してラベルに取り入れた。乳業メーカー時代にソフトウエアや機械に触れた経験も、こんなところに顔をのぞかせる。

「KURAMOTO」の「BITライン」
「KURAMOTO」の「BITライン」(写真提供:倉本酒造)

スタンダードラインの「KURAMOTO SE」のSEは、青く爽やかな香りから連想した色「シルキーエメラルド」の頭文字。「KURAMOTO R1」は「RED 1=赤1号」に由来し、奈良県産の酒米・露葉風の力強さを赤で表現した。

緑色ラベルが「KURAMOTO SE」、赤色ラベルが「KURAMOTO R1」
「KURAMOTO」スタンダードラインの写真左の緑色ラベルが「KURAMOTO SE」、赤色ラベルが「KURAMOTO R1」

「KURAMOTO R1」では、菩提酛にも使われる正暦寺乳酸菌を、酒の味わいに生かす独自の「FLaP製法」を採用した。

倉本

「通常、日本酒づくりで乳酸菌を使うのは、酒母を酸性にして雑菌が増えにくい環境をつくるためです。FLaP製法では、もう一歩踏み込んで、乳酸菌の力を味わいに生かしています。具体的な方法は企業秘密ですけどね」

こうした新たな酒質に取り組む「KURAMOTO」と対をなすのが、先ほどの「金嶽」「つげのひむろ」、そして漢字の「倉本」。ラベルの書体も、一般的なゴシック体ではなく、このためにオリジナルフォントを作るという、隆司さんならではのこだわりがうかがえる。

倉本酒造の蔵の前で倉本隆司さん。手に持つのは「KURAMOTO SE」

倉本

「日本酒のラベルには筆文字やひげ文字が多いので、もう少し違うものがないかなと。シンプルにしたくて、専用のフォントを作ってもらいました。プリンターで印刷したみたいと言われるんですけど、『めっちゃおカネかかってるんだけどな』って思っています(笑)」

統一されていないのが奈良の酒

倉本さんの酒づくりのチャレンジは日本酒のつくりにとどまらない。例えば、米農家との付き合い方。農家から米を買い取り、一緒に酒をつくり、その農家自身のブランドとして販売する取り組み。

倉本

「農家さんにもちょっとした収入の足しにしてもらえたらいいなと。やっぱり生産者がもうけられないと、前の米不足みたいなことが起きるんやと思いますし」

バーテンダーと組んでリキュールの開発をしたこともある。世界最大級のカクテルコンペティション「Diageo World Class 2015」のチャンピオンとなり、世界的に名を知られる奈良の「LAMP BAR」オーナーバーテンダーの金子道人さん。彼が求めていたリキュールは「一水氷室(いっすいひむろ)」として世に出た。奈良県産のゴボウやヒノキ、ヨモギなどをボタニカルに使った日本酒ベースのベルモットだ。

「一水氷室」を使った金子道人さんのカクテル「あをによし」
「一水氷室」を使った金子道人さんのカクテル「あをによし」(奈良市観光協会「ナラノヨル」プロジェクト発表会場でcontentsbrain撮影)

倉本

「2020年のことでした。『橘花KIKKA GIN』のような国産スピリッツはあるけれど、リキュール系はまだそれほどないということで、金子さんから白ワインからではなく、日本酒からつくる複雑味のある日本版ベルモットがほしいという依頼を受けました。こうして『一水氷室』をつくらせてもらいました」

伝統的な菩提酛から、乳酸菌を生かした独自製法、バーテンダー、農家との協業など様々な試み。小さな蔵の酒づくりは、決して一つの方向には収まらない。それは、倉本さんが考える奈良の酒の姿とも重なる。

倉本

「奈良の酒の特色って、統一されていないことだと思います。小さな蔵が多く、桶売りが駄目になったときに、それぞれが自分たちはどうしていくかを考えた結果なんだと思います。全国新酒鑑評会の賞をみんなで狙うような雰囲気も奈良にはあまりありませんし。多分、みんなと一緒にやるのが嫌なんじゃないですか(笑)」

倉本さんは、「奈良には表に出て語るのが得意な人が少ない」と言う。しかし、このOn Drinkingの取材で訪ねた酒のつくり手と話をしていると、どの方も酒づくりへの思いはとても熱い。

倉本

「その思いを言葉ではなく、酒で表現している。知れば知るほど、『奈良には面白い酒がいっぱいあるやん』となると思いますよ。それが奈良の酒なんじゃないかな」

古代の氷室が置かれた高原の地で、150年を超える蔵の歴史を受け継ぎながら、これまでになかった酒を試す。倉本さんの酒づくりは、伝統と革新の間を、はたから見ると軽やかに行き来しながら、日本酒の新しい味わいを探し続けている。

倉本酒造の倉本隆司さん

※記事の情報は2026年9月9日時点のものです。

倉本酒造の母屋の軒下の三輪明神の杉玉

倉本酒造

住所
奈良県奈良市都祁吐山町2501
電話
0743-82-0008
URL
https://kuramoto-sake.com/
Photo: Koichi Mitsui Text: Akira Suzuki(On Drinking)
  1. 01.
    今西酒造 今西将之さん

    「この三輪という土地をそのまま表現する酒をつくらなあかん」

    今西将之さん

    今西酒造

    奈良県桜井市大字三輪510

    Read more
  2. 02.
    油長酒造 山本長兵衛さん

    「『風の森』の魅力は、硬水由来のとろっ、生酒由来のとろっ」

    山本長兵衛さん

    油長酒造〈前編〉

    奈良県御所市1160

    Read more

    「どうしたら安全にお酒をつくれるかを考え抜いた人たちがいた」

    山本長兵衛さん

    油長酒造〈後編〉

    奈良県御所市1160

    Read more
  3. 03.
    洞川温泉醸造所 銭谷貴大さん

    「僕はこの町に観光に来たいと思えなかった。だからビールをつくることにしたんです」

    銭谷貴大さん

    洞川温泉醸造所

    奈良県吉野郡天川村洞川226

    Read more
  4. 04.
    木谷ワイン 木谷一登さん

    「ワインづくりは、究極の自己責任の世界」

    木谷一登さん

    木谷ワイン

    奈良県香芝市下田西3-219-1

    Read more
  5. 05.
    倉本酒造 倉本隆司さん

    知れば知るほど、「奈良には面白い酒がいっぱいあるやん」となります

    倉本隆司さん

    倉本酒造

    奈良県奈良市都祁吐山町2501

    Read more