On the Journey紀行特集

奈良、お酒のはじまりを訪ねて

「どうしたら安全に お酒をつくれるかを考え抜いた 人たちがいた」

02.油長酒造〈後編〉

油長酒造の蔵主、山本長兵衛さん

奈良県御所市の老舗蔵元、油長酒造 第十三代蔵主・山本長兵衛(やまもと ちょうべい)さんは、日本酒「風の森」「水端(みづはな)」、クラフトジン「橘花KIKKA GIN」などを手がけ、酒づくりを通じて「100年先に美しい日本を伝えていきたい」と抱負を語る。背景にあるのは奈良に積み重なる酒づくりの歴史だ。後編では、平城京の造酒司(ぞうしゅし/さけのつかさ)、中世の僧坊酒(そうぼうしゅ)、そして菩提酛(ぼだいもと)づくりへとつながる酒づくりの流れをたどりながら、なぜ奈良が「日本清酒発祥の地」と呼ばれるのかを伺った。 前編「『風の森』の魅力は、硬水由来のとろっ、生酒由来のとろっ」

油長酒造 第十三代蔵主/代表取締役
山本長兵衛 さん

関西大学工学部生物工学科卒業、阪急百貨店に就職、2008年に家業である油長酒造に入社。2014年から同社の13代目として代表取締役を務める。2019年、創業300周年を機に長兵衛を襲名。中学校から大学まで一貫校に進学後、中学(バスケットボール部挫折後は司馬遼太郎、Macintoshにハマる)、高校(ヨット部)、大学(航空部)に没頭。個人プレイが得意な反面協調性がない状態で油長酒造入社後、酒造りの現場で協調性の大切さと感謝の気持ちを学ぶ。「酒造りを通じ100年先に美しい日本を伝える」ことを目標に、3つの酒蔵と蒸溜所を拠点に活動。


油長酒造の位置を示す地図

奈良が「日本清酒発祥の地」と言われる理由

油長酒造の位置を示す地図

――奈良の日本酒づくりはどの時代まで遡るのでしょうか。

山本

「奈良の酒づくりについて組織的な活動を確認できる最初の文字の記録が、平城京(710~784年長岡京遷都までの74年間)の遺跡から出土した木簡に書かれていた『造酒司(ぞうしゅし/さけのつかさ)』です。造酒司というのは言うなれば国立の醸造所。木簡には、例えば聖武天皇(在位:724~749年)の行った大嘗祭(だいじょうさい)では、どんな酒がつくられていたかという記述もある。奈良時代には既に、お酒が国家の祭祀(さいし)と深く結びついていたことが分かります」

油長酒造のある御所(ごせ)の街並み

――造酒司でつくられていた酒は庶民が飲むためのものではなかったようですね。

山本

「国家の平安とか五穀豊穣を願って、神様に捧げるものでした。木簡には『清酒』という文字も出てきます。当時、『すみさけ』と読んでいたのかもしれませんが、この木簡が出土したのは、平城京の大極殿(だいごくでん)*1や内裏(だいり)*2のすぐ近くだったようです。この時代の清酒は、天皇家や貴族が扱う儀式のための特別なお酒。そうした酒をつくっていたのが国の施設の造酒司だったと考えられています」

*1 大極殿:平城宮の中心にある最大の宮殿。天皇の即位式や元日朝賀など国家の最重要儀式が行われた場所。

*2 内裏:天皇が住み、儀式や執務などを行う宮殿のこと。

――民間の人々が、今でいう清酒を飲めるようになるのはもっと後の時代ですね。

山本

「そうです。大きな転機になったのが、中世、室町時代の頃に奈良や大阪で発展した『僧坊酒(そうぼうしゅ)』*3の隆盛でした。僧坊酒というのは、寺院が所有する荘園の米を使い、境内で醸造された寺院醸造のお酒のことです。大阪の天野山 金剛寺(あまのさん こんごうじ)の『天野酒(あまのさけ)』や、奈良の菩提山正暦寺(ぼだいせん しょうりゃくじ)の『菩提泉(ぼだいせん)』が有名です。奈良の興福寺や東大寺でも僧坊酒をつくっていたと言われています」

*3 僧坊酒:寺院で醸造されていた日本酒の総称。大寺院ではもともと神様に備える酒をつくっていたが、それらの経験や渡来僧による大陸の技術の融合により酒づくりが行われ、寺院運営の財源確保に使われた。

――室町時代に盛んにつくられた僧坊酒というのはそれまでの酒と何が違ったのでしょうか。

山本

「一番大きかったのは、『流通できる酒』になったことです。日持ちする酒ですね。日持ちするっていうことは、画期的なことでした。日持ちするからこそ、遠くまで運べるし、まとめて大量につくろう、生産性を高めようという方向にもなる。どぶろくというのは日持ちしないので、つくったらすぐ飲むしかない。でも、保存できて流通できるようになると、酒は商品となって、ブランドが生まれていく。

ふんわりぼやんと美味しいもんつくっていても、大革新っていうのは起こらないですね。どぶろく飲んでて美味しいなと思っていてもね。そこでもっと美味しい酒をつくりたい欲望、もっとお金を手にしたい欲望が清酒を生み出したんやと思います」

江戸時代の名残が残る御所市内の路地で山本長兵衛さん
山本長兵衛さん。江戸時代の名残が残る御所(ごせ)の路地

山本

「奈良でつくられた酒は、京都では『南酒(なんしゅ)』『南樽(なんたる)』『山樽(やまだる)』などと呼ばれていました。奈良が京都から見て南の都だったからです。貴族の方々も飲んで、美味しい酒として知られていた記録が残っています」

――奈良が「日本清酒発祥の地」と呼ばれる理由も、そこにあるのでしょうか。

山本

そう思います。飛鳥、藤原、平城、平安と都が移っていく中で、国立の醸造所の記録が残っていて、お酒と朝廷が並走してきた。その流れをくんだ僧坊酒が、中世の終わりに流通できる酒に進化して、そこから江戸時代以降、酒が産業になっていったんです。

油長酒造最古の江戸時代の建築物「享保蔵」

清酒を生んだ3つの技術

――室町時代に正暦寺などでつくられていた僧坊酒づくりでは、具体的にどんな技術革新があったのですか。

山本

「大きく3つあると思ってます。搾ること、火入れすること、そやし水を使うこと、です。これらは『御酒之日記(ごしゅのにっき)』『多聞院日記(たもんいんにっき)』『童蒙酒造記(どうもうしゅぞうき)』などの文献*4に記述されています」

*4 文献
「御酒之日記」:室町時代(14~15世紀頃)の酒造技術を記した日本最古級の民間に残る醸造技術書。書かれたのは1355(正平10)年、あるいは1487(長享元)年。「御酒」と呼ばれた一般的なお酒づくりの方法のほか、「天野酒」(天野山金剛寺)、「菩提泉(ぼだいせん)」(菩提山正暦寺)などの僧坊酒の製法が記されている。
「多聞院日記」:奈良・興福寺の多聞院において僧侶が寺院の生活や日常で見聞した事柄を綴った日記。1478(文明10)年から1618(元和4)年までの約140年間書き継がれた。
「童蒙酒造記」:江戸時代初期(1600年代後半)に書かれた醸造技術書。著者は不詳だが、摂津国鴻池(こうのいけ)郷(現在の兵庫県伊丹市鴻池)で行われていた酒づくりの流派に属する人物が書いた。

山本

「1つ目が、『搾ること』でした。布の袋にもろみを入れて、圧力をかけて搾ることで、布から染み出た清酒と、袋の中に残った酒粕を分けられる。この作業により発酵を止めることができ、味わいが研ぎ澄まされます。そして、酒粕が大量に生まれます。このおかげで奈良漬けも盛んにつくられるようになりました。

奈良漬けって、実は奈良時代からあるんですよ。でも、ほんまにごく限られたハイソサエティーな人たちだけのためのものでした。それが中世になって民間人にも緩やかに広がっていく。酒を搾る技術が、清酒と酒粕という副産物を利用した粕漬け文化を同時に生んだんです」

葛城山麓に建てた「山麓蔵」の窓から遠くに見えるのは吉野の山並み
葛城山麓に建てた油長酒造「山麓蔵」の窓から見える吉野の山並み

山本

「2つ目が『火入れ』。昔の人は偉いものでして、搾った酒をまた釜に入れるんです。薪をくべて、ぐらぐらっと煮て、手を入れて3周回して『あちい』ぐらいの温度で火入れする。これを『手引きの温度』と言って、『童蒙酒造記』には『手引きの温度まで火入れせい』って書いてあるんですよ」

――今で言う低温殺菌ですね。

山本

「そうなんです。フランスでパスツールが加熱殺菌を解明するより、はるか前です。16世紀の日本では、経験則として火入れをしていた。酵母の活動を止めて、酵素を失活させる(活動を停止させる)ことで、酒の保存性を高めていたんです。

そして3つ目が『そやし水』。そやし水というのは、あらかじめ米を水に浸して、乳酸発酵させてつくる酸性の液体です。菩提山正暦寺のお坊さんが、いきなりお米を蒸さずに、まずお米を漬けて酸っぱい水をつくる。その水を仕込みに使って、漬けていたお米は蒸して使う。酸性状態にすることで悪い菌から発酵物を守る。そういうコンビネーションを考えついたんですよ」

――微生物学のない時代に。

山本

「おそらく14~15世紀のことです。ヨーロッパでワインはぶどうからつくるけれど、主食はパンですよね。でも日本は主食の米が原料。米はとても大切なので無駄にしたくない。どうしたら安全にお酒をつくれるかを考え抜いた人たちがいた。その解決策の1つが、そやし水を使うということやったんです」

文献を取り出し奈良の酒の歴史を語る山本長兵衛さん
文献を取り出し奈良の酒の歴史を語る山本長兵衛さん
油長酒造の母屋

菩提酛づくりという発明

――その製造技術が、「菩提酛づくり」*5につながっていくのですか。

山本

「そうです。そやし水を使った酒づくりが『御酒之日記』という書物に書かれています。それが正暦寺でつくられていた『菩提泉』という高級な銘酒の製法なんです。この『菩提泉』が、夏でも腐敗させずにつくれるぐらい安全につくれる技術ゆえに、この製法をもとに編み出されたのでした。正暦寺に伝わる酒母製法の『菩提酛づくり』は、そやし水を用いた安全醸造の体系化でした」

室町時代の酒造技術を記した日本最古級の民間に残る醸造技術書
僧房酒に関する記述もある「御酒之日記」(佐竹氏文書)

山本

「これを書き記した『御酒之日記』っていうのは、実は奈良や京都のお寺に残っていたわけではないんです。それを書き写したものが、秋田県で見つかった『佐竹氏文書』の中に残っていました。佐竹家はもともと常陸国(ひたちのくに/現在の茨城県)の守護ですが、室町幕府が弱体化していく中で、佐竹家の一族が上方のさまざまな技術情報を書き写して一度は常陸国に持ち帰っていたんですね。その中の1つが『御酒之日記』でした。その後、佐竹家は国替えで秋田に移り、結果的に、奈良や京都の酒造技術の記録が、遠く秋田に残ることになったんです。

ほんまいうたら、奈良や京都の寺に残ってたらいいんですけど、残らなかったんですよ。なんでかいうたら、江戸時代、奈良や京都の寺はひどい扱いを受けます。幕府が新たに建造した日光東照宮には大量の資金を投入するわけですけど、上方の、例えば興福寺、東大寺、正暦寺、唐招提寺、薬師寺といった有力寺院からは領土を召し上げて、270年間かけて勢力をそいでいくんです。

奈良の寺院には余剰米もなくなり、人も雇えなくなって、僧坊酒づくりが続けられなくなっていった。さらに明治時代の廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)で、さらに厳しい状況になりました。奈良や京都のお寺は、すごく不幸な道をたどっていきました」

――それでも菩提酛づくりの技術は残った。

山本

「いったんは消えかけてしまった技術ですが、私たち奈良の蔵元有志による菩提酛研究会や、岡山県の辻本店さんなど、その技に興味を持った人々によって菩提酛の技術を受け継いできました。ほかにも最近は日本全国の蔵がその技への挑戦を始めています」

「享保蔵」では現在、菩提酛づくりで甕仕込みの「水端(みづはな)」などを醸造している
油長酒造が江戸時代に建てた「享保蔵(きょうほぐら)」。菩提酛づくりで甕(かめ)で仕込む「水端(みづはな)」などを醸している

山本

「お酒づくりって、『これが正しい形』っていうものはないと思うんですよ。時代の変遷の中で、人間の英知が積み重なって、いろんな技になっていく。みんなが知恵絞って、どうやったら美味しい酒ができるかなって考えてきた。美味しい酒を造ったら、喜んでもらえるし、売れるし、もうかるわけですから。

中世から、江戸時代、そして現代に至るまで、みんなが美味しいお酒をつくろうとしてきた。その意思の連続で、日本酒はこれからもさらに美味しくなっていくんじゃないかなと思っています」

*5 菩提酛づくり:室町時代中期に奈良の菩提山正暦寺(ぼだいせん しょうりゃくじ)で確立されたと伝わる日本最古の清酒づくり技術。生米を2日間ほど仕込み水に浸けて乳酸菌を繁殖させた『そやし水』を酒母の仕込み水に使うことで雑菌の増殖を抑える。搾り、火入れなど、当時の先端の清酒技術も取り入れられ、正暦寺は日本清酒発祥の地とも言われる。一度途絶えたが、1998年1月、正暦寺と奈良の酒蔵有志、奈良県工業センター(現・奈良県産業振興総合センター)による「奈良県菩提酛による清酒製造研究会(菩提酛研究会)」が協力して復活させた。これ以降、正暦寺敷地内でつくられた酒母(酛)である菩提酛を各蔵元が持ち帰り、手を加えて各蔵独自の菩提酛づくりの日本酒をつくっている。

●菩提酛づくりを手がける奈良県内の酒蔵
酒造元 商品名 所在地
今西酒造 三諸杉 菩提酛
みむろ杉 菩提酛
桜井市
上田酒造 嬉長(きちょう) 菩提酛純米酒 生駒市
葛城酒造 百楽門(ひゃくらくもん) 菩提もと純米 御所市
菊司醸造 菊司(きくつかさ)菩提酛純米 生駒市
北岡本店 八咫烏(やたがらす) 菩提酛 吉野郡
倉本酒造 つげのひむろ 菩提酛 純米酒 奈良市
油長酒造 鷹長(たかちょう)菩提酛純米酒
水端(みづはな)
御所市

(酒造元の名称の50音順)

前編「『風の森』の魅力は、硬水由来のとろっ、生酒由来のとろっを読む前編では油長酒造の酒づくりの原点、これまでの歩みを伺います。

※記事の情報は2026年7月15日時点のものです。

油長酒造の母屋

油長酒造

住所
奈良県御所市1160
電話
0745-62-2047
葛城山麓に建てられた通称「山麓蔵」の前には酒に使う米「秋津穂」を栽培する棚田が広がる

葛城山麓醸造蔵

住所
奈良県御所市伏見481-1
大和蒸溜所の「橘花KIKKA GIN」を製造する蒸留機

大和蒸溜所

住所
奈良県御所市1160
Photo: Shoko Takayasu Text: Akira Suzuki(On Drinking)
  1. 01.
    今西酒造 今西将之さん

    「この三輪という土地をそのまま表現する酒をつくらなあかん」

    今西将之さん

    今西酒造

    奈良県桜井市大字三輪510

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  2. 02.
    油長酒造 山本長兵衛さん

    「『風の森』の魅力は、硬水由来のとろっ、生酒由来のとろっ」

    山本長兵衛さん

    油長酒造〈前編〉

    奈良県御所市1160

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    「どうしたら安全にお酒をつくれるかを考え抜いた人たちがいた」

    山本長兵衛さん

    油長酒造〈後編〉

    奈良県御所市1160

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  3. 03.
    洞川温泉醸造所 銭谷貴大さん

    「僕はこの町に観光に来たいと思えなかった。だからビールをつくることにしたんです」

    銭谷貴大さん

    洞川温泉醸造所

    奈良県吉野郡天川村洞川226

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  4. 04.
    木谷ワイン 木谷一登さん

    「ワインづくりは、究極の自己責任の世界」

    木谷一登さん

    木谷ワイン

    奈良県香芝市下田西3-219-1

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  5. 05.
    倉本酒造 倉本隆司さん

    知れば知るほど、「奈良には面白い酒がいっぱいあるやん」となります

    倉本隆司さん

    倉本酒造

    奈良県奈良市都祁吐山町2501

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