油長酒造の挑戦は日本酒にとどまらない。油長酒造の敷地に大和蒸溜所を建造して、2018年、「橘花KIKKA GIN」を世に送り出した。評判は上々、バーテンダーから一般の愛好家まで幅広い支持を得ている。クラフトジン事業のきっかけは、山本さんが海外の友人から受けた電話だった。
山本
「奈良に家族で行くから『奈良のバーに連れてってよ』と言われたんです。えっ、奈良でいいバーなんかあるかなって返したら、『いや、奈良ってバーの聖地でしょう』って」
「橘花KIKKA GIN」の白いガラス瓶は、江戸時代のコンプラ瓶(醤油の輸出に使われた陶製の瓶)を模している
「橘花KIKKA GIN」
山本さんはつてをたどり、奈良・桜井市の「THE SAILING BAR」を訪ねた。マスターバーテンダー、渡邉匠(わたなべ・たくみ)さんは世界最大級のカクテルコンペティション「Diageo World Class 2010」日本予選優勝、世界大会総合9位に輝くなど国際的にも評価の高い人物だ。
山本
「友だちを連れてお店に伺い、奈良にもこんなにすごいバーがあるんやって初めて知りました」
バーの棚には世界中の名だたる蒸留酒が並んでいる。たまたま座った席の前は一棚が全てジン。ボトルを眺めながら山本さんは考えた。
山本
「ここには奈良のお酒がないなあと。ジンでもラムでもウオッカでもええから、奈良産があって、こういう世界トップクラスの方が発信してくださったら、僕らが日本酒売るのとはまた違う角度から “奈良”が世界に広まるだろうなと思いました」
これがきっかけとなり、たびたび渡邉さんを訪ねるようになる。バーで社員と話す中で具体化していったのが「橘花KIKKA GIN」の製造だった。ジンの香りや味を左右するボタニカルの原料探しには渡邉さんのサポートも仰いだ。
大和蒸溜所の「橘花KIKKA GIN」を製造する蒸留機
山本
「奈良には古くから薬草文化があり、『日本書紀』には推古天皇が薬猟(くすりがり)を行ったという記録も残っています。大和当帰(やまととうき)*4、大和橘(やまとたちばな)*5といった奈良古来の植物を使い、奈良特有の香りや薬草文化を考えたときに、クラフトジンを製造する大和蒸溜所の存在理由があると思いました」
*4 大和当帰:「当帰」はセリ科の多年草木。根の部分は生薬として漢方薬に使用される。
*5 大和橘:日本最古とも言われる直径3~4cmほどの柑橘。
山本さんが繰り返したのが、「酒づくりを通じて、100年先に美しい日本を伝えていきたい」というフレーズ。おそらく日本を奈良に置き換えてもいいのだろう。油長酒造は、奈良の水、米にこだわり日本酒づくりを、奈良のボタニカルにこだわりクラフトジンづくりに取り組んでいる。
「日本人らしい、日本人にしかできない酒づくりを研ぎ澄ませていきたい」と語る山本さんの次の一手は、何だろう。
後編では奈良が日本清酒発祥の地と言われているその歴史的背景について、山本長兵衛さんにご教示いただきます。