On the Journey紀行特集

奈良、お酒のはじまりを訪ねて

「この三輪という土地をそのまま 表現する酒をつくらなあかん」

01.今西酒造

今西酒造 第十四代当主の今西将之さん

奈良県桜井市・三輪。三輪山をご神体とする酒に縁の深い三輪明神 大神神社(おおみわじんじゃ)のほど近くにある今西酒造は1660(万治3)年創業。2011年に今西将之(いまにし まさゆき)さんは第十四代当主 今西新右衛門として家業を継いだが、当初は経営立て直しに奔走。地元三輪の水と米にこだわり「清く正しい酒づくり」へと舵を切る。効率に背を向け、手間暇惜しまぬ日々の作業の積み重ねでつくられた「三諸杉(みむろすぎ)」と「みむろ杉」は高く評価され、今では特約店からの注文が供給に追いつかないほどの人気を集めている。15年間の酒蔵改革の歩みを伺った。

今西酒造 第十四代当主/代表取締役
今西将之 さん

1983年、奈良県三輪生まれ。同志社大学商学部卒業後、都内の大手人材会社に入社。TOPセールスとしてMVP賞はじめ多数の賞を受賞。先代の急逝を受け、2011年に家業に戻り、今西酒造の十四代目蔵主として代表取締役に就任。家業の立て直しと改革を進め、酒質向上を実現。全国新酒鑑評会では5年連続金賞受賞、SAKE COMPETITION 2026純米酒部門・純米吟醸部門1位、関西酒質向上委員会1位、酒屋大賞2023最高賞(GOLD)ほか表彰多数。醸造哲学は清く、正しい、酒造り。「酒の神が鎮まる地・三輪だからこそ表現できる酒づくり」に徹する。


今西酒造の位置を示す地図

地元の酒「三諸杉」、
全国流通の「みむろ杉」

今西酒造の位置を示す地図

今西酒造は「三諸杉」と「みむろ杉」という、漢字とひらがな2種類の<みむろすぎ>を醸す酒蔵だ。「三諸杉」は地元、「みむろ杉」は全国に流通させている。創業は1660(万治3)年。三輪山をご神体として祀(まつ)る三輪明神 大神神社から蔵までは1キロ足らず。

三輪山は古来、三諸山(みむろやま)と呼ばれ、「うま酒みむろの山」と称されてきた。「みむろ(実醪)」とは「酒のもと」の意味でもある。<みむろすぎ>の味わいは酒好きの間で評判となり、いまや入荷待ちが出るほどの人気銘柄だ。しかし、この繁盛ぶりからは想像しにくいが、この蔵は一時は深刻な経営危機に直面していた。

1660(万治3)年に奈良県桜井市・三輪で創業した今西酒造

蔵を継いで第十四代蔵主となったばかりの今西将之さんが、真っ先に直面したのは膨大な債務超過。「もう人生終わったな、くらい絶望の淵だった」というどん底からの起死回生。今でこそ当時のことを冗談めかして語るが、蔵主を継いでから今に至る15年の歩みを伺えば、それは奇跡の復活と呼んでも大げさではないことが分かる。

今西さんは大学時代を京都で過ごし、就職先は東京。いずれ三輪に戻り、家業を継ぐことは幼い頃から決めていたという。

今西

「親父が楽しそうに仕事をしているのを見ていて、いいなと。また、近所のおばちゃんらに“跡取りさん”と呼ばれて育ったことなど、自然と自分が継ぐものだと思ってました。継ぐまでは、酒業界に関係なくいろいろな人とつながりを持てる人になりたいと思い、東京で就職。30歳で家に戻れば親父は60歳。10年かけて引き継ぎをしていければいいかなと」

今西酒造 第十四代当主の今西将之さん。自宅中庭で

想定外のタイミングで家業を継承

就職先は大手人材会社で、営業職として頭角を現し好成績をあげていたが、28歳のときに想定外の出来事が起こる。

今西

「商談中に親父から電話があって、自分の病気の具合がよくないから戻ってこいと。急いで帰ったのですが、それから1週間後に亡くなり、何の引き継ぎもできず、いきなり蔵の社長になりました」

自宅中庭にある汲み水

三輪に戻ってまず直面したのは、想像以上に厳しい会社の経営状況だった。本業の酒造業を支えるために進めていた飲食店や宿泊業などの多角経営が裏目となり負債が膨らんでいた。

今西

「潰れるかもしれない。でもこの状態で潰したらご先祖様に申し訳立たない。今一度、本気で酒づくりをして、酒蔵として再建したいと思い、酒以外の全ての事業を売却しました。どれも赤字だったから、引き取ってもらったというのが正しいですね」

酒造業が振るわない理由は、はっきりしていた。

今西

「当時の酒は、正直かなり厳しい品質でした。人気の地酒を集めてブラインドで利き酒をした際も、1つだけ明らかに見劣りするものがあり、それがうちの酒だった、というくらいの状態でした。製造設備も老朽化が進んでいましたが、十分な投資がなされておらず、改善の余地が大きかった。

さらに、酒づくりの現場も、品質より効率が優先されているように感じました。素人だった自分から見ても、『本当に美味しい酒をつくる』という意識が、組織全体として十分に共有されていなかったと思います。そんな環境では、心から誇れる酒は生まれない。このままでは絶対に駄目だと強く感じたことが、改革の原点でした」

真っ先にやるべきことは、在庫の酒を売り切り、借金返済と次の酒づくりの資金に充てるための現金を確保することだった。

今西酒造 第十四代当主の今西将之さん

心が震える出会い

今西

「手当たり次第に酒卸会社とかに営業に行きました。でもこの仕事がとても虚しかった。営業先は持参したサンプルに口をつけもせず、値引きとか協賛とか、もうそんなカネの話ばっかりやった。初めて触れた酒業界がそれやから、この業界ってすごく面白くないなと」

そんな中で出会ったのが都内のある地酒専門店の店主だった。

今西

「見積もりなんか一切見ずに、持参したサンプルの味だけで評価してくれて。『お前、ようこんなん持ってきたな』とボロカス言われて。もちろん悔しいし、恥ずかしいし。けど、“せやな”とも思った」

この出会いが、その後の今西酒造の蔵改革の契機のひとつとなった。

今西

「店主と話していて心が震えたんです。自分はこれから先の人生、ここまで酒に愛を持って語るような人たちと一緒に酒の仕事をしていきたいと心から思った。だから、このままじゃあかんと。蔵を変えようと動き始めました」

吉野杉で作られた仕込み用の木桶の前に立つ今西将之さん
本店玄関前の菰樽(こもだる)

自分がファンになれる
酒をつくる

今西

「雑誌で生酒が流行ってるという記事を読んだら自分らもやろう。酸の時代だと言われたら酸が強めの酵母を使ってみようと」

しかしこれぞという酒になかなか辿り着かない。もがいて、たどり着いたのはシンプルな考えだった。

今西

「米遊びも、酵母遊びもいっぱいして、もうええわ思って。こんな売れるための酒づくりじゃなくて、自分が心底美味しいと思い、自分がファンになれる酒をつくり、それをお客様に届けようと。それだけです」

醸造設計を全て変えた。酵母は全部9号酵母に決めて、奈良県産米の露葉風(つゆはかぜ)、山田錦、奈々露(ななつゆ)を使用。そのために周辺の農家に直接声をかけて米栽培の契約を進めていった。三輪という土地に向き合い、地元の水、米を使った酒づくりという考え方も明確になっていく。

28歳のときに三輪に戻ってきて、今西さんがあらためて気づいたことがあった。この三輪という土地の特異性だ。12歳から大阪の学校に通い、18歳から京都の大学に通い、22歳から東京で働いてきた。

酒蔵に隣接する住居の縁側で。「三諸杉 」「みむろ杉」
左から「三諸杉 純米吟醸」「みむろ杉 木桶菩提酛」「みむろ杉 純米大吟醸」「みむろ杉 ろまんシリーズ Dio Abita(ディオ・アビータ)」「みむろ杉 特別純米 辛口」。「Dio Abita」はSAKE COMPETITION 2026純米酒部門1位に輝いた
商品情報は公式サイト参照

今西

「考えてみるとほとんど地元にいなかった。戻ってきて思ったのは、ここはとんでもない場所やなっていうことでした。小学生のときにカブトムシ獲っていた山が、まさか神の山だとか。何気ないランニングコースが日本最古の山の道だったり」

三輪の土地を
そのまま表現する酒

歩けば歴史に当たる。そんな場所は世界でもそう多くない。ましてや酒との関係性がこれほど深い土地というのも稀だ。

今西

「日本最古の神社と言われる大神神社は酒の神様を祀っているし、杉玉発祥の地でもある。万葉集で三輪の枕詞は“うま酒”。境内にある活日(いくひ)神社は、日本書紀に登場する日本最古の杜氏である高橋活日命(たかはしいくひのみこと)を祀っている。この場所で酒づくりができるって、ものすごいことやと思ったんです。こんな場所、世界中探してもないですよ。それまで当たり前やと思ってたものが、全部特別やった」

外の世界を知ったからこそ見えた、地元の価値。その気づきが、酒づくりの方向を決定づけた。

今西

「この三輪の土地をそのまま表現する酒をつくらなあかんと。三輪の水、三輪の米、三輪の菌で酒をつくる。この土地をそのまま表現する酒蔵であるべきやと思った」

その思想は「清く正しい酒造り」という言葉に集約されると今西さんは言う。

蔵と隣接する自宅中庭で。手にするのは「みむろ杉 純米大吟醸」
蔵と隣接する自宅中庭で。手にするのは「みむろ杉 純米大吟醸」

今西

「清らかな大神神社の地で、米と水が清らかな液体に変わる場所が酒蔵であるという定義づけをしています。日々清掃を徹底して、設備のメンテナンスを行う。正しいっていうのは、手仕事にこだわり、手間暇をかけるということです。効率は一切考えません。正しいことをやる。それだけです」

そのための取り組みは徹底している。小仕込み、設備投資、人員体制。

洗米の工程では、大量の米を1度に処理するのではなく、10kg単位に細かく分けて洗う。目的はぬかを完全に落とすこと。そのために、膨大な手間をかける。仕込みでも同様だ。一般的に、蒸した米を仕込みタンクに搬送する工程では機械とホースを使う。しかし今西酒造ではあえて蔵人が担いで手運びする。

今西

「機械を使えば1人で1時間で終わる仕事を、うちは4人で3時間かけてやる。でもその方が米が割れないし、雑菌も入りにくい」

そのために、通常の酒蔵の数倍にあたる人員を投入している。

今西

「うちの生産規模やと7、8人でやるのが普通ですけど、今は30人くらいでやってます。手間暇をかけるための体制です。味わいの違いは、各工程でどんだけ高いレベルで正しいことをやり抜いているかに表れます。理想を理想で終わらせず、現実にする。それをやり続けてきました」

今西酒造 第十四代当主の今西将之さん

経営資源の選択と集中は明確だった。製造部門に人材と資金を重点配備する代わりに営業や広告はなくして、特約店制度を採用し、信頼できる酒販店だけに販売を任せている。現在、特約店は全国に46店。

今西

「営業は要らない。味が良ければ、お客さんはちゃんと選んでくれるので。僕らは命かけて酒をつくる。その価値をちゃんと伝えてくれる人だけに販売を任せたい」

現在、今西酒造の日本酒は特約店からの注文数に供給が追いつかないほどの人気銘柄となった。

今西

「何か特別なことをやったわけじゃない。ウルトラCはないです。ほんまに一つ一つの積み重ねが全てです」

三輪伝承蔵でつくられている「三諸杉」。三輪伝承蔵の限定品

大神神社参道に
「三輪伝承蔵」をオープン

三輪伝承館。ガラス越しに酒づくりの作業の様子を見学できる
三輪伝承蔵ではタイミングが合えば、ガラス越しに、実際の酒づくりの工程を見学できる

2025年、今西酒造は酒蔵と試飲コーナーと物販を一体化させた施設「三輪伝承蔵」を開設した。これは三輪の歴史や文化、風土を伝える拠点としての役割を担う施設だ。建物は全て吉野杉を使用し、奈良の伝統建築の技法を取り入れた。酒蔵であると同時に、土地の記憶を伝える場でもある。

今西

「愛する三輪をもっと多くの人に伝えたい。酒づくりを通じて実現していきたいと思って、この三輪伝承蔵を建てました」

三輪伝承蔵でつくられた限定版の日本酒「三諸杉」を試飲できるコーナー
三輪伝承蔵でつくられた「三諸杉 三輪伝承蔵仕込み」を試飲できるコーナーもある

三輪伝承蔵では、全量を菩提酛づくり⋆、吉野杉木桶仕込み、奈良県産米で醸すという、今西酒造の思想を突き詰めた酒づくりを行っている。その作業の様子はガラス越しに見学ができる。ここで実際につくられた日本酒「三諸杉 三輪伝承蔵仕込み」を蔵内で飲み比べができる。露葉風、山田錦、奈々露という原料の米の種類別、精米歩合別の味わいの違いなどを確かめるのも一興だ。

*1 菩提酛づくり:室町時代中期(15世紀半ば頃)に奈良県の菩提山正暦寺(ぼだいさん しょうりゃくじ)で確立された日本最古の清酒づくりの製法。奈良県内の酒蔵有志が集まり1999年、正暦寺敷地内で菩提酛(酒母*2)づくりを復活させた。

*2 酒母:酛(もと)とも呼ばれる日本酒醸造の重要な工程。蒸し米と水、麹に酵母を加えて、アルコール発酵を担う酵母を大量に培養する。

※記事の情報は2026年7月15日時点のものです。

今西酒造本店の入口

今西酒造株式会社

住所
奈良県桜井市大字三輪510
電話
0744-42-6022
URL
https://imanishisyuzou.com/
三輪伝承蔵の外観

三輪伝承蔵

住所
奈良県桜井市大字三輪552番
電話
0744-42-6022
定休日
不定休
URL
https://imanishisyuzou.com/miwadenshou/
Photo: Shoko Takayasu Text: Akira Suzuki(On Drinking)
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