奈良市街から車を走らせると、いつしか寺社の町から、田畑と山の土地へと景色が変わっていく。目的地は都祁吐山(つげはやま)。住所表示は奈良市だが、天理市、宇陀市と隣接し、最寄り駅は近鉄大阪線「榛原(はいばら)」駅。駅から蔵へ向かうにも車が必要だ。
大和高原の一角、標高約500メートルの山里に倉本酒造はある。1871(明治4)年創業。150年以上続く小さな酒蔵が、いま意欲的に新しい酒を生み出している。そもそも、都祁とはどのような土地なのだろう。
倉本
「ここは田舎ですけれど、古くから人が暮らし、遺跡も残る土地です。また、交通の要所でもありました。いまは名古屋と大阪を結ぶ名阪国道が走っていて、吉野や宇陀など、奈良の南の方へ行く拠点にもなっています。標高が高く、昔は氷室(ひむろ)で氷をつくって、奈良時代には天皇に献上していたそうです」
都祁と氷の関わりは、古代の記録にも残されている。『日本書紀』の仁徳天皇紀には、都祁(つげ)で氷室を見つけた額田大中彦皇子(ぬかたの おおなかつひこ の みこ)*1が、蓄えられていた氷を天皇に献上したという伝承が記されている。氷室とは、冬につくった氷を地中の穴に収め、草などで覆って夏まで保存する、いわば古代の冷蔵庫だ。
*1 額田大中彦皇子:記紀に伝えられる古墳時代の皇族(王族)。応神天皇の皇子と伝えられる。
平城京の長屋王邸跡からは、「都祁氷室(つげのひむろ)」と記された奈良時代初期の木簡も出土している。木簡には氷室の規模や氷の厚さ、氷を覆う草、扉に用いる金具などが記録されていた。長屋王家が都祁に氷室を持ち、冬に蓄えた氷を夏から秋にかけて平城京へ運ばせていたことが分かる。
この土地の歴史にちなんで倉本酒造では菩提酛純米酒「つげのひむろ」を製造・販売している。
倉本
「長屋王邸跡から出てきた木簡に『都祁氷室』と書かれているんです。この近くには氷室跡も残り、氷室神社もある。それで名前をいただきました。父が菩提酛研究会で活動していたときに菩提酛づくり*2の酒としてつくり始めた酒です。
私の代になってからは、菩提酛の個性を出しながら、初めての人にも飲みやすい酒にしようと考えてきました。乳酸菌由来のふわっとした香りを生かし、甘過ぎず、辛過ぎず、軽く飲める。ただ、酸味はしっかり意識して、『菩提酛ってこんな酒なんだ』と新鮮に感じてもらえる酒にしています
甘い酒も辛い酒もあって、その中でいうとうちは真ん中ぐらい。いろいろな菩提酛の選択肢の1つとして楽しんでもらえたらと思っています」
*2 菩提酛づくり:室町時代中期に奈良の菩提山正暦寺(ぼだいせん しょうりゃくじ)で確立されたと伝わる日本最古の清酒づくり技術。生米を2日間ほど仕込み水に浸けて乳酸菌を繁殖させた「そやし水」を酒母の仕込み水に使うことで雑菌の増殖を抑える。搾り、火入れなど、当時の先端の清酒技術も取り入れられ、正暦寺は日本清酒発祥の地とも言われる。一度途絶えたが、1998年1月、正暦寺と奈良の酒蔵有志、奈良県工業センター(現・奈良県産業振興総合センター)による「奈良県菩提酛による清酒製造研究会(菩提酛研究会)」が協力して復活させ、現在も毎年1月に正暦寺の敷地内で菩提酛をつくっている。参加蔵はこの菩提酛を持ち帰り、蔵ごとに個性を出した日本酒を醸している。





































